概要
“生きて”はいるけど、“活きて”いない人が多い。
↓
ただ生きるよりも「活きる」、ただ活きるよりも「良く活きる」ほうがいいのではないか。
↓
良く活きるのに、「座右の銘」と「ライフワーク」は持っておきたい。
↓
それらを持つにも、まずは、自ら依って立つ所の“基礎土台”部分をしっかり固めておく作業が必要になる。
↓
具体的には
1自分の本質を把握する(自分は何者?)
2目指す方向性を選択する(自分は何処に向かって生きていこうとしているのか?)
3何処まで社会に関わっていくかを選択する(内と外の境界線を何処に引くか?)
↓
それによって、現時点での「自分は何をやる為に生きているのか」が垣間見えてくる。
↓
これらを漠然と考えるだけではうまくいかないこともあるので、「モチベーションの木プログラム」を提案させて頂いている。
現状・課題
◇ 生成AIの衝撃
生成AIの出現で、従来のルーチンワークだけでなく、クリエイティブな作業まで可能になりました。これまで人間にしか出来ないと思われていた領域にまでAIが進出してくることによって、人間は、働くことの意味や自分の存在意義について向き合わざるを得なくなりました。
◇ 基礎土台部分が脆弱
近年、日本人の基礎土台部分が脆弱になってきています。
◇ 意欲の低下
日本人の意欲が低下してきていて、それに伴って、不登校、ひきこもり、うつ、といったものが社会問題化してきています。
◇ “生きて”はいるが“活きて”いない
大半の人が不本意な職業人生を歩んでいて、自分の持っているエネルギーのぶつけどころを見出せておらず、“生きて”はいるが“活きて”いない人が少なくない状態になっています。
◇ 個が確立していない
昨今、所属する集団にうまく馴染めない人が増えてきたように思います。そうなるのは、「個の確立」が覚束ない状態で集団の中に放り込まれて周囲に合わせることを求められるからで、まずは、個を確立することが喫緊の課題となっております。
要因
◇ 流れの停滞
その要因の一つとして“流れの停滞”があります。人生においては「流れ」というものがあり、それが滞れば様々な歪を引き起こすことになります。流れが阻害されれば、困難があってもそれをその流れの文脈の中で位置づけることが出来ず、ただ辛い苦しいだけになってしまいます。これまでは、「これが幸福な人生というやつですよ」という社会が提供する大きな流れがあって、個人はごちゃごちゃ考えなくてもその流れに乗っかるだけでよかった。しかし、バブル崩壊以降は、低成長&多様な価値観の時代に入り、多くの選択肢の中から、個々人が自分の責任で、自分の生き方を模索し、自分の人生の流れを自分で作らなければならなくなりました。つまり、「自由に選んで下さい。但し、自己責任で。」ということです。もちろん、簡単な事ではないのでそこで躓く人もいて、それが意欲の低下に繋がる要因の一つになっています。
◇ 義務意識が弱まってきた
これまでのモチベーションの源泉は、「~ねばならない」という義務意識が強かったように思います。しかし、以前に比べてその義務意識が弱まってきました。そうなると、それに代わるものを持たないとモチベーションの維持が難しくなってきます。
◇ 自分のことが分かっていない
とにかく、自分のことが分かっているようで分かっていない。その状態で、これからのことをアレコレ考えても正解を出せる訳がありません。
ポイント
◇ “基礎土台”部分を固めておく
ここで大事になってくるのが、自らの依って立つ所の“基礎土台”部分を固めておくこと、つまり、自分の基礎土台部分がどうなっているのかを把握・選択しておくことです。
◇ “物語化された流れ”を作る
義務意識に代わるモチベーションの両輪が“欲”と“目標”だとすると、「何かを手にしたい」「何かに向かっている」という感覚が重要になってきます。というのも、そのような“物語化された流れ”があれば、困難があってもそれをその流れの文脈の中で位置づける事が出来るので頑張れるからです。
解決策・まとめ
◇ モチベーションの木プログラムの活用
自分の基礎土台部分がどうなっているのか分からなかったり、自分に合った流れをうまく構築出来ない場合は、病気の時に薬を飲むようにそれを助けるプログラムを活用するのも一つの方法です。そこで、それらに対応したプログラムを創ってみました。それが、このモチベーションの木プログラムです。ここでは、それらを把握・選択できるようサポートしています。
◇ 時代が求めている
時代の変化に対応しながら満足のいく人生を送ることが難しくなってきているので、それらに対応したプログラムが、時代の水面下で潜在的に求められています。
考察 ―生きてはいるが活きていない問題―
日本人の意欲が低下してきている
昨今、日本人の意欲の低下が顕著になってきており、それに伴って、不登校、ニート、ひきこもり、うつ、といったものが社会問題化してきております。意欲というのは目には見えませんが、個人・社会の底流にあって全ての行動の原動力になるものですから、それが湧かないということは、それはそのまま社会の停滞に繋がります。もちろん、意欲の低下というのは個人の問題ではありますが、それが社会全体に蔓延すれば社会の衰退に繋がりますから、社会の問題でもあります。社会が衰退すれば個人にも影響してきますから、他人事として放置するわけにもいきません。近年の統計では、不登校の原因で2番目に多いのが無気力で、小学校では23%、中学校では26.7%もの児童がその理由にあげています。従業員のやる気ランキングで日本は、熱意がある約6%、出世したい約20%で139カ国中132位(2017年ギャラップ社調べ)。「会社への貢献意欲」や「仕事に取り組む姿勢」所謂エンゲージメントが良好だとする社員の割合で、日本が56%と調査対象の23の国と地域の中で最も低い数値でした。(2020年コーン・フェリー社調べ)時間当たりの労働生産性は、主要7カ国中最下位(2019年日本生産性本部調べ)という結果も出ています。ここから読み取れるのは、大半の人が不本意な職業人生を歩んでいて、自分の持っているエネルギーのぶつけどころを見出せていないということです。たとえ、物に不自由していなくても、社畜となって会社にしがみつき、ただ時間だけが空しく過ぎていくだけの不本意な生だとしたら、活きているとは言えないでしょう。つまり、“生きて”はいるが“活きて”いない人が少なくないということです。
追記…エンゲージメント(従業員の会社に対する愛着や貢献したいという気持ち)という指標は、数値化されて企業評価の項目に入ってきていて、ここ数年海外の証券取引委員会等では、この数値を企業の経営を把握する情報として開示を義務化する動きが広がっています。それは、やる気のある従業員が多い企業は業績がいいという調査結果があり、投資家が投資先を決める判断材料にしているからです。日本企業の数値の低さはそのまま意欲の低下を現わしており、これを放置していたら業績に影響し、企業の投資先としての価値を下げる事にも繋がります。
その要因の一つとして“流れの停滞”がある
万物には「流れ」があって、それが滞るといろんなところで支障が出てきます。川の流れが滞れば、淀んで腐ったり溜まって決壊したりします。血の流れが滞れば様々な病気に繋がりますし、お金の流れが滞れば会社が行き詰まります。人生においても「流れ」というものがあり、それが滞れば様々な歪を引き起こすことになります。流れが阻害されれば、困難があってもそれをその流れの文脈の中で位置づけることが出来ず、ただ辛い苦しいだけになってしまいます。
江戸時代なら、個人は、生まれた家や村や藩といった所属する集団の中で役割が決まっていましたし、明治以降は近代国家建設という国家の目標が、個人の目標にもなっていました。戦後は、高度経済成長の中で「これが幸福な人生というやつですよ」という社会が提供する大きな流れがあって、個人はごちゃごちゃ考えなくてもその流れに乗っかるだけでよかった。しかし、バブル崩壊以降は、低成長&多様な価値観の時代に入り、多くの選択肢の中から、個々人が自分の責任で、自分の生き方を模索し、自分の人生の流れを自分で作らなければならなくなりました。もちろん、簡単な事ではありませんからそこで躓く人もいて、それが意欲の低下に繋がる要因の一つになっています。
流れを得るには「何かに向かっている」という感覚が必要
自分が食べて寝ることによって生み出されるエネルギーを、何処にぶつけるのか、何に向かって使うのか。結局は、それで人生が決まるような気がします。というのも、人は、自分の持っているエネルギーのぶつけ先、ぶつける目的を見出してこそ、“意欲”が湧き、勉強や仕事に打ち込むことが出来る生き物だからです。これまでのモチベーションの源泉は、「~ねばならない」という義務意識が強かったように思います。父親なら「働いて家族を養わなくてはならない」といったようなものです。しかし、昨今では専業主夫もあるし、これまでのステレオタイプの価値観が、必ずしもその個人の価値観になるとは限らなくなってきました。つまり、以前に比べて義務意識が弱まってきたといえます。そうなると、それに代わるものを持たないとモチベーションの維持が難しくなってきます。義務意識に代わるモチベーションの両輪が“欲”と“目標”だとすると、「何かを手にしたい」「何かに向かっている」という感覚が重要になります。というのも、そのような“物語化された流れ”があれば、困難があってもそれをその流れの文脈の中で位置づける事が出来るので頑張れるからです。
では、人生の目的は何か。それについては人類の叡智を集めた結果、“幸福”ということで一応の結論が出ています。この“幸福”は、別の言い方をすると“満足”と言い換えることも出来ます。つまり、人は“満足”を目指して生きているのだと。しかし、何をもって満足とするかは人によって異なるので、まずは何が“自分にとっての満足”なのかを把握認識する必要があります。というのも、そこが違っていたら、どんなに頑張っても満足の人生にはならないし、活きた人生にもならないからです。ただ、これからの時代は、そんなことも簡単な質問に答えるだけでAIが手取り足取り教えてくれたり選択肢を絞り込んで提示してくれたりするのかもしれませんが、それでも最終的には自分で選択するしかありません。その選択をAIに任せてしまったら自分の人生では無くなるからです。
ではどうすればいいのか
自分に合った流れをうまく構築出来ない場合は、病気の時に薬を飲むようにそれを助けるプログラムを活用するのも一つの方法です。そこで、それらに対応したプログラムを創ってみました。これを活用して、「自分は何者で、何処に向かって生きていこうとしているのか」といったことを模索していきながら、最終的に“モチベーションの木”なるものを完成させる事によって、自分の“現在地”と“目的地”そこに至る“手段”が明確になり、流れを“見える化”させる事が出来ます。それらがはっきりすれば、目指す所の“自分にとっての幸福(満足)”がどういうものか分かるので“意欲”が湧きますし、“活きる”ことにも繋がってきます。つまり、この結果を判断基準にして人生の選択をしていけば、多少なりとも満足の人生に近づけるのではないかという事です。
※「冊子web版」をUPしておりますので、詳しくはそちらをご参照下さい。